スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

村上春樹 羊をめぐる冒険

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)
(2004/11/15)
村上 春樹

商品詳細を見る


風の歌を聴け、1973年のピンボールに続き読んでみた。初期三部作の三作目。
私が読んできた村上春樹の著書の中で最もおもしろかった。村上春樹の作品をいくつか読んでみて思うのは文芸誌に乗るような作品の中で圧倒的に読みやすいということです。

特に本書は作品に「筋」があり大変におもしろかった。三部作の中でも特にファンタジーの要素が強く出ていると思いました。あまり村上春樹のことを知らないので少し意外でした。大御所というイメージしかないので。こういう普通の小説とはちょっと違った点がベストセラーになる要因なのではないかなと思いました。

村上春樹の作品の中でも特におすすめできる作品です。
スポンサーサイト

小室直樹 死去

小室直樹が亡くなったと今日知った。wikiには宮台シンジの師匠と書いてある。

直接に間接に多くの人に影響を与えた人だと思う。

森毅に続き今年は、物書きが亡くなる年だなぁ

デパ-トを発明した夫婦 鹿島茂

デパ-トを発明した夫婦 (講談社現代新書)デパ-トを発明した夫婦 (講談社現代新書)
(1991/11/18)
鹿島 茂

商品詳細を見る

デパートというよりも、現在の大企業そのものを発明したといっても過言ではないでしょう。

本書は世界初のデパート「ボン・マルシェ」の歴史を綴ったものである。社内預金、無料の食事、無料の独身寮、退職金制度、養老年金制度など現在の大企業が備える数々の仕組みがこの企業から生まれたものであることに驚いた。

翻って現在の企業では上記のような福利厚生は廃止の方向に向かっている、解雇に強烈な制限がかかっている我が国の仕組みでは、手厚い福利厚生というのは勤労意欲の促進に役にたたないということが露見したからではないだろうか。

我が国も人が流動的になったほうがいい。

孤独について 中島義道

孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春文庫)孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春文庫)
(2008/11/07)
中島 義道

商品詳細を見る


中島義道氏の自伝。波乱万丈な彼の経歴に強く引かれているので読んでみた。

読んでみると、予想通りおもしろかった。しかし野次馬根性で、他人の人生のぞき見るような書物の選定はさもしいので、あまりしないように気をつけたい。

グリーンヒル 古谷実

グリーンヒル(1) (ヤングマガジンコミックス)グリーンヒル(1) (ヤングマガジンコミックス)
(2000/02/01)
古谷 実

商品詳細を見る


わたくしにとって初めての古谷実体験はこのグリーンヒルだった。これを読んだ当時、稲中の名前くらいは聞いたことがあったと思う。しかし読んだことはなかったし、別に興味を惹かれなかった。

グリーンヒルを読んだときは作者が稲中の作者と同一人物であることをしらなかった。先輩の家にこの漫画があり、暇だから読んだのだ。

わたくしはあまり漫画を読む人間ではない。しかしこの作品はとても面白く読めた。グリーンヒルは古谷実の稲中を除く作品中もっとも、シリアスな場面が少ない。

読み返すと、何一ついいところがない男性が、現実逃避をしている場面などがあり、やや人生論めいた箇所があるが、私自身が容姿や学歴の面でそれほどのコンプレックスを抱いていないせいか、それほど深刻には受け取れなかった。

それではこの作品のよいところは何であろう。
思うにそれはこの作品に深刻さがないところではないか。
現代の小説はいささか暗すぎる。
グリーンヒルの主人公のような、特に重大な欠点は見当たらないような、青年が主人公である作品が少ない。そんな間隙をついて現れたこの作品は、わたくしの青春を彩る思い出の作品である


悪への招待状 ―幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ 小林 恭二

悪への招待状 ―幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ (集英社新書)悪への招待状 ―幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ (集英社新書)
(1999/12/01)
小林 恭二

商品詳細を見る
歌舞伎の入門書のような内容、非常に読みやすい。

・粋や野暮という言葉は娼婦からみた客の印象
以前「粋の構造」を読んだ時に、粋が媚態であるという九鬼の解説に対して、粋という言葉にそのような印象を抱いたとこはないと書いたが、どうやら九鬼のいうことは正しいようだ。

・江戸は長らく開拓地だったため、男女比は男性の方が比率が高かった。そのため、売春が流行した。
これは同じ事を小谷野敦も言っていた。

イスラ-ムとは何か 小杉泰

イスラ-ムとは何か (講談社現代新書)イスラ-ムとは何か (講談社現代新書)
(1994/07/18)
小杉 泰

商品詳細を見る
シーア派とスンナ派の違いがわかった。現在イスラーム教徒はスンナ派が9割、シーア派が1割を占める。シーアとは党派を意味する言葉である。

シーア派の起源は、第4代目のカリフ、アリーの代まで遡る。カリフとはムハンマドの死後のイスラームの最高指導者のことである。アリーはムハンマドの従兄弟であり、娘婿でもある。

アリーが4代目正統カリフに選出されたとき、シリア総督ムアーウィヤはそれに反対した。アリーはムアーウィヤ討伐に乗り出すが、戦争が長期化し、調停を行うことになった。その際に、反逆者を制圧できず、調停を行う指導者は罪人同然だとして、アリー支持から離れた一派があった。その一派をハワリージュ派という。ハワリージュ派はアリーと、ムアーウィヤの暗殺を画策し、アリーの暗殺には成功し、ムアーウィヤの暗殺には失敗した。

その結果、アリーの息子ハサンが五代目正統カリフに就任する。ハサンはムハンマドの孫である。
一方、アリーの死を契機にムアーウィヤはシリアのダマスカスを首都とするウマイヤ朝を立てた。

その後しばらくは安定期を迎える。ハサンはウマイヤ朝と争う気はなく、ムアーウィヤも反イスラーム的な態度は取らなかった。

しかしながら再び関係がこじれる事件が起こる。晩年のムアーウィヤは長老による互選という手続きをとらず、策を弄して自分の息子ヤジードをカリフ位につけた。この辺どうのような策を弄したかが書かれておらず、事件の詳細についてわからなかった。普通に考えて、ハサンの子がカリフ位に就きそうなのだが・・

この時期カリフ、ヤジードがとんでもない放蕩息子だった。人前で、酒を飲み公然とイスラームを批判した言動をとった、これに怒ったのが、ハサンの弟フサインである。

彼は、ヤジードと戦うため、支持者のいるクーファへと向かった。クーファへ向かう道中カルバラーにてフサインはヤジードの軍隊に包囲され殺害されてしまう。

この際、フサインを招聘したクーファの民はフサインを援護することができなかった。

こうしてクーファの民はタウワーブーン(悔悟するものたち)と名乗り布教活動を始めた。これがシーア派の原点である。

他にも色々ためになった。

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム 東 浩紀 北田 暁大

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)
(2007/01)
東 浩紀北田 暁大

商品詳細を見る


都市のジャスコ化、動物化に関する対談である。

東氏は都市のジャスコ化は不可避であり、未来には個性のある街はなくなるだろうと考えているようだ。まぁその通りなんだろうなとは思うが、少々寂しい。

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言  仲正昌樹

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書)「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書)
(2006/05)
仲正 昌樹

商品詳細を見る


二項対立にはまりがちな現代の言論状況に対する批判の書。確かに私自身も二項対立でものを考えがちなところがありますので、大いに反省しなければならない。

二項対立が一筋縄にいかない例として公共事業に関する例が挙がっていた。それは、税金の無駄遣いをなくすという観点では、公共事業を減らすことは、プロレタリアートの利益になるが、公共事業が減ると雇用が減少し、プロレタリアートのためにならないという例だった。たしかに著者の言う通りである。私たちにとって身近な問題の話題の中にも、二項対立で理解しきれない部分があるのだと再認識した。

集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか 仲正 昌樹

集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか (NHKブックス)集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか (NHKブックス)
(2006/11)
仲正 昌樹

商品詳細を見る

仲正氏は、ミーハーにも読みやすい文章を書いてくれるのでとてもありがたい。

本書は用語や概念に関する説明もたくさん含まれていてありがたかった。しかしながら、二三気になる点があったのでメモをしておく、まず疎外とという用語に対する解釈だが、仲正氏は疎外という言葉を労働者が自らの労働によって生産したものを自分のものにできず、自分で生産したわけではない、資本化が、生産物を所有することが、できることが疎外だと述べているが。小室直樹氏は疎外とは人間の力ではどうにもならぬことが働くことだと規定していた気がする。

また、ゲーテルの不完全性定理に関しては

いかなる無矛盾な体系においても、その体系自体の中では証明も否定もできない論理式=命題が存在する、ということである。

と述べているが、野矢茂樹氏は

標準的な命題論理に対する「自然演繹」のタイプの公理系は、完全であることが示されています。

と書いていた。正直言って私は様々な用語を適当に読み流しているのであまり被害は受けていないのだがこうした一般的な用語に関して、専門家同士の言葉の使い方がかみ合っていないように感じられると、とても困る。

モテたい理由 赤坂真理

モテたい理由 (講談社現代新書)モテたい理由 (講談社現代新書)
(2007/12/19)
赤坂 真理

商品詳細を見る


昔読んだトリッパーか何かに、この方が出ていて、好印象だった気がするのだが、本書を読んで好感度を下げた。
いかんせん自分がたりが多すぎる。
アメリカ留学の予定が狂っただけで、そのことをマイナスに捉えすぎている。
自虐に見せかけ鼻にかけているようにも聞こえる。
小説家なんだから、そういうところをうまく誤魔化してほしい。

ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 森 達也 森巣 博

ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 (集英社新書)ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人 (集英社新書)
(2005/10)
森 達也森巣 博

商品詳細を見る


モリス氏曰く、絶望しない事が肝要とのこと。

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 仲正昌樹

集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)集中講義!アメリカ現代思想―リベラリズムの冒険 (NHKブックス)
(2008/09)
仲正 昌樹

商品詳細を見る


覚えられないので少しずつ書きながら読んでいきます。

第一講●「自由の敵」を許容できるか 戦後アメリカのジレンマ
・西側はソ連の計画経済を自由を奪うものと批判したが、思想的に守勢にたったという印象は否めない。
・トルーマンドクトリンとは共産主義封じ込め策。トルーマンは民主党であるが、計画経済を行い同じく民主党員であった、ローズヴェルトより保守化した。
戦後マッカースズムと言われる赤狩り運動が盛んになる。
ロールズは経済的に最も弱いもののことを考慮した社会を形成すべきとした。

トクヴィル 平等と不平等の理論家 宇野重規

トクヴィル 平等と不平等の理論家 (講談社選書メチエ)トクヴィル 平等と不平等の理論家 (講談社選書メチエ)
(2007/06/08)
宇野 重規

商品詳細を見る

物忘れがひどいので読書中にもかかわらずアップする。

・トクヴィルの関心は共和制から、民主制へと移った。
・トクヴィルは最も早い時期に民主制について考えた理論家である。
・著者の考えによれば、共和制というのは、混交政治のようなもので、民主主義的な性格だけでなく、君主制的な側面も包含する。
・トクヴィルによれば、平等化は歴史の流れにおける必然である。
・歴史の初期においては、聖職者が、平等化の顕在であった。なぜなら、聖職者への道は誰にでも開かれていたから。
・次の段階では、法律家である。王は権力のために法律家の力が必要であった。
・更に歴史が進むと商人が台頭した。
・トクヴィル以前には共和制は、小国でしかうまくいかないと思われていた。そう思った人物にはモンテスキューやルソーがいる。彼らは大国には、君主制が適していると考えた。
・トクヴィルは、そんな時代にアメリカを見聞し、利己的に行動する中産階級たちの社会が、うまくいっていると感じた。
・彼自身は宗教に対する懐疑を払拭することができなかった。それにもかからず、彼は人間が生きていくには論じるまでも無く正しい権威が必要だと感じた。

この点に関しては、完全に保守主義者の論理ですね。そんな彼が民主主義を最初に論じうちの一人だというのは興味深い。

特定の個人による個別的な支配を嫌う一方で、「唯一、単純、そしてすべての人に同一な社会的権力への好みとその観念」を持つようになる。すなわち(中略)非人格化した集団的権力による支配に対してはむしろ、用意に隷従するというのがトクヴィルの下した<民主的人間>への診断であった。



鋭い。

・トクヴィルはアメリカで民主主義がうまくいっている理由はアメリカ国民の同質性にあると考えた。

読了したが後半はよくわからず。

日本とドイツ 二つの全体主義 「戦前思想」を書く 仲正昌樹

日本とドイツ 二つの全体主義  「戦前思想」を書く (光文社新書)日本とドイツ 二つの全体主義 「戦前思想」を書く (光文社新書)
(2006/07/14)
仲正 昌樹

商品詳細を見る


難しすぎる。ドイツが非西洋的である自分たちを誇りにしたということだけを覚えておく。

「みんな」のバカ! 無責任になる構造 仲正昌樹

「みんな」のバカ! 無責任になる構造 (光文社新書)「みんな」のバカ! 無責任になる構造 (光文社新書)
(2004/06/18)
仲正 昌樹

商品詳細を見る
内容失念、みんなもやってるじゃんとは言わないようにしようと思いました。

神田村通信 鹿島茂

神田村通信神田村通信
(2007/12)
鹿島 茂

商品詳細を見る
読みやすいけど、読まなくてもいいかも

浅羽道明 大学で何を学ぶか

大学で何を学ぶか (幻冬舎文庫)大学で何を学ぶか (幻冬舎文庫)
(1999/04)
浅羽 通明

商品詳細を見る

少数者だからといって、それを恥じて他社に適応しようと苦しむのはつまらない。むろん、ひとに合わせるべきときに如才なくふるまえる社交性があれば、それにこしたことはないにしろ・・・・・・。
しかし、少数者だからといって、偉いわけではちっともないよ。世の中は多数者が働いていてこそ回転するわけで、きみだった、そのおかげで生活してこられたのだ。だからきみは、恥じず、また偉ぶらず、少数者として生きればよい。というよりも他には道は残っていない。


本書は浅羽道明氏の大学論である。要約すれば、大学で勉強したって就職になんてつながりゃしないということなのだが、あまりにも就職に拘りすぎているという印象を受けた。生涯賃金なんて、言葉が出てくるんだから。

自由にやった挙句に、既卒一年目で司法試験に合格してしまう浅羽道明がこういう本を書くところが少し鼻につく。

宮台真司 福山哲郎 民主主義が一度もなかった国・日本

民主主義が一度もなかった国・日本 (幻冬舎新書)民主主義が一度もなかった国・日本 (幻冬舎新書)
(2009/11/26)
宮台 真司福山 哲郎

商品詳細を見る
さっぱり

タレント評論家と学問

最近は若者に人気のある社会学者の書いたものを読むことが多い。

そのような社会学者の言説は、根拠のない、流言であり、個人の意見を述べているに過ぎないと批判されることがある。

私自身もそのようなことを感じることがある。

しかし、このような批判が正しいかどうかも私には判断しかねるところだ。

マックス・ウエーバーは社会科学を学ぶ者には馴染みの深い学者である。多くの人は彼を「アカデミック」な偉い人だと思っているだろう。少なくとも私はそう思ってきた。

しかしながら、彼の主著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の主題はプロテスタントは禁欲的な精神をもつが故に生産性が高く資本主義の発生に大きく寄与したというものである。

これは宮台真司のまったり生活しなければ不幸になるという主張と信憑性や裏づけという意味で大して変わっていないと思える。

アカデミックであることと、単なる独りよがりの考えであることの間にはどのような違いがあるのか気になるこの頃だ。

東浩紀 笠井潔 動物化する世界の中で

動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 (集英社新書)動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 (集英社新書)
(2003/04)
東 浩紀笠井 潔

商品詳細を見る

・笠井潔1980年代のポストモダニズムはイデオロギー装置だと認識している。
・東浩紀は60年代の「転向」や「闘争」一部の論壇、運動業界の内部そして、特定の世代のみが関わったものであり小さなエピソードに過ぎないと感じており、80年代の消費文化をイデオロギーとは関係ないところで経験した。
・東浩紀は

シニカルかつスノッブに現実と距離を取っているつもりでありながら、全体としてかなり画一的な行動に駆動されてしまう。イデオロギーを必要としないそのような欲望のコントロールがいかにして可能になるのか、僕の関心はそこにあります。

と述べた。
・ジジェクの理論では、イデオロギーは無意識のもの。

東浩紀 批評の精神分析 東浩紀コレクションD

批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)
(2007/12/04)
東 浩紀

商品詳細を見る

・文化に序列をつけてはいけない。
・動物がするポストモダンに対する反応として、動物化はいいことなのか悪いことなのかわからないという反応が多かった。
・東浩紀は作品そのものよりも、作品が生まれてくる背景に興味があるようだ。
・現代思想をやっていた時は書く動機がなく自分の頭の良さを証明するために書いていた。
・皆が馬鹿であることを考慮に入れて発言すべきである。知識人のリベラルな思想だけが、日本人の思想ではない。
・とにかく東浩紀は多様性を認める社会がよいと思っているようだ。
・斉藤環との対談で、音楽が画一化していっていることをあまりよいことではないと捉えているように感じられる発言があった。この対談は唯一、東浩紀のほうが保守的だと思える対談であった。

大塚英志 物語消滅論

物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」 (角川oneテーマ21)物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」 (角川oneテーマ21)
(2004/10)
大塚 英志

商品詳細を見る
文学の側に対してこうすれば良いという提言が書いてあったようだが、何を言っているのか意味が取れなかった。

木田元 なにもかも小林秀雄に教わった

なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)
(2008/10)
木田 元

商品詳細を見る

以前NHKの爆笑問題のニッポンの教養という番組に木田元氏が出演していました。その中で、大学に入り語学に没頭したら、絶望が治ったといっておられました。それを聞いたときなんだか坂口安吾のようだなと思ったのですが、本書には木田元自身も坂口安吾を引き合いに出し、自身の絶望の解消した時のことを説明していました。

ところで、木田元は何でもかんでも神という言葉で説明しようとするキリスト教的な哲学に自分との縁遠さを感じ、キリスト教と関係の薄いハイデッガーを読んでみたいと思い、大学の哲学科に進まれたそうです。

私もスピノザやキルケゴールを読んで神という言葉を使い説明する姿勢に落胆させられましたので、少し共感するところがありました。

佐々木敦 ニッポンの思想

ニッポンの思想 (講談社現代新書)ニッポンの思想 (講談社現代新書)
(2009/07/17)
佐々木敦

商品詳細を見る
私は以前、宮台真司のことを「当事者意識が欠けている。自分はどうなのだ。」と批判めいたことを書いた。後で気がついたのだがそれは、保坂和志からの受け売りだった。

なぜそのように批判したかといえば、宮台氏の主張が「本ばかり読んでいないで、バカ話だけをしていろ。」といっているように感じたからだった。

しかし本書では、浅田彰、カラタニコウジン、蓮見重彦といったニューアカと呼ばれた世代のほうが世間から遊離しており、宮台真司、大塚英次ら90年代以降の思想家の方が現実の社会問題を扱っており、より親大衆的、親弱者的であると述べられていた。佐々木氏は浅田彰の選良主義を説明するに当たって、オウム事件の直後、世間から非難轟々の中沢新一との対談から次のような趣旨の引用をした。

オウムみたいな馬鹿と中沢新一は全く関係なく、中沢が反省する必要はない。

この発言から佐々木敦は90年代の思想家と浅田彰の違いを説明した。曰く、90年代以後の思想家は馬鹿を無視するのではなく、馬鹿が発生するのはなぜなのか、どうにかすることはできなかったのかを考えるとのことだ。

言われてみれば宮台は、秋葉原での無差別殺人事件が起こった際に、激しく憤ったとどこかで読んだ。

自分の言うように生きれば、あのような事件を起こす人間にならなかったであろうという気持ちがあったのだろう。

確かに一面では宮台のいうことは正しい気がするが、彼の言うような世の中になってしまった以上これ以上人類が生きていくことに意味があるのかという気がしてくるのでやっぱり、宮台には賛成しかねる。




他にもいろいろ書いてあったが忘れました。

ビートたけし 午前3時25分

午前3時25分 (OHTA BUNKO)午前3時25分 (OHTA BUNKO)
(1993/05)
ビートたけし

商品詳細を見る


武は昔から芸術が好きですね、私もそうなのですが固有名詞だけはやたらと知っていて、確信には入り込めない。そんな感じがします。その分歴史は記憶しようと努力していたようです。中上健次と鈴鹿に行ったこと、吉本隆明との対談が流れた事など知らなかったことが知れてよかった。

養老孟司 バカの壁

バカの壁 (新潮新書)バカの壁 (新潮新書)
(2003/04/10)
養老 孟司

商品詳細を見る


以前内田樹氏との対談本を読んだ時、養老氏は内田樹氏に比べると、左がかった印象を受けたのですが、本書では個性を否定的に捉えており、社会適応性をポジティブなものと捉えているように読めたので氏の考えがよくわからなくなってしまいました。

しかしながら、本書でも東京大学にいたときは如何に自分が抑圧されていたかということが書かれていたので、やはり多少はリベラルな思想の持ち主でもあるようです。

それでも頭がよいということの重要な要素として、社会適応性をあげていたので基本的には保守的な方なのだと感じました。

結婚のススメ

結婚したくない、しなくてもいいという人が増えているという。恋人すらできず、結婚等想像もつかないという人もいるだろう。

あくまで、個人レベルの問題なのでしたくないものはしたくないでしかたないが、旧来の世間体を気にしてだとか、恋愛して結婚するのが当然だという恋愛ファシズムに負けてとかではなく新たな形での結婚が流行ってほしいと説に願っている。

実は一つ前の記事からの続いているのだが、自分の身近にも将来ノタレ死ぬのではないかと思われる人が結構いる。
これは悪口ではなく現実問題そうなのだ。

二人で暮らせば、一人で暮らすよりも経済的だ。収入が変わらないとしても出て行く出費が下がることは間違いない。

新たな形の結婚が増加し、より多くの国民が我慢に耐えうる程度の人生を送れることを願っている。

週休3日制

就職氷河期という言葉が使われだしたのはいつのころだろうか、10ねんくらい前からだろう。2007年問題に伴い、一時的に求人が増えたが、サブプライムショック以降就職氷河期が復活したようだ。

このままでは我が国はスキルのないフリーターだらけの国になってしまう。政府は雇用対策のためにいろいろと策を打っていると思うが、どれもいまいち効果は挙がっていないようだ、

思いつきだが一つ案がある。月並みだが週休3日制の導入だ。

週休3日になれば従業員の給料は4/5に減る。しかし今まで五人がやっていたことを六人でやることになる。

今まで20万円給料をもらっていた人間の給料は16万円になるが、即、借金まみれというほどでもないだろう。

それよりも失業者が1人でも多く雇用されることのほうに大きな社会的意義がある。

月に1週からでもよいので、影響力のある企業が導入してくれないだろうか。

阿部謹也 世間とは何か

「世間」とは何か (講談社現代新書)「世間」とは何か (講談社現代新書)
(1995/07/20)
阿部 謹也

商品詳細を見る


読んだだけ
フリーエリア

Powered by NINJA TOOLS

月別アーカイブ
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
最近の記事
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。