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小熊英二 \と\

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
(2002/11)
小熊 英二

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まだ読んでいる途中だがおもしろいところもあったので、少しメモする。

・敗戦後天皇が自殺しなかったことは、地方の人間にも無責任なことだと感じられていた。
・オールドリベラリストとは自分たちが特権的な階級にあり、文明の文化という側面を担っているという自負があり、低い階級のものが、金を稼ぐことに対して、いらだっていた。
・小林秀雄はトルストイやツルゲーネフを直観で一流、二流と断言する断言するだけだった。
・福田恒存は、1947年に獄中非転向の共産党幹部に対して「自己に代役を立てるすべすら知らぬ頑迷な非社会的存在」といった。吉本隆明がこれと同じことをいうのは、1950年代末であり、そのころには知識人たちの間で共産党への不満が溜まっていた。
・戦中派、少国民世代といわれた人々は、戦争には直接参加していないものの生まれたときから戦争中だったため皇国少年として育ったものが多い(吉本隆明、小田実、江藤淳)。終戦と同時に教師たちは米国礼賛、民主主義称揚といった態度の転向を図ったため、権力そのものに対して不信感を抱くものが多い。
・吉本は皇国青年だと言うイメージが一般に流布しているが、米沢の高等学校時代には、学内の派閥の文治派に属し、大学に進学せず、戦争に行った武断派と対立していた。後年の吉本の皇国青年だったという証言は戦場に行った旧友たちへの負い目からの発言だった可能性あり。
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小熊英二 日本という国

日本という国 (よりみちパン!セ)日本という国 (よりみちパン!セ)
(2006/04)
小熊 英二

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・福沢諭吉は東洋を身分制社会、西洋を民主的社会だといった。
・福沢諭吉は貧しいものに教育を施すと社会主義者になってしまう恐れがあるので、国民皆教育に短所があることを指摘した。
・福沢諭吉は、アイヌは努力しても遺伝の為に慶応義塾の先生にはなれないと言った。
・福沢諭吉の学問のススメは日本を近代国家とするためのプロパガンダである。
・昭和天皇は、1945年2月、幣原喜重郎元首相の、降服しましょうという進言に対して、もう少し戦果を挙げてからでないとといった。
・1990年代のアメリカの世論調査によると、日本に米軍を通流させておく理由はなにかという質問に対して、半数近くが、日本の再軍備を防止するためと答えた。
・冷戦後にドイツ、韓国では軍隊が大幅縮小された。しかし、日本では対して変わっていない

以上のようなことがわかり役に立った。ちなみにこの本小学校5年生向けにかかれたものとどこかに書いてあった。orz
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