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東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム 東 浩紀 北田 暁大

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)
(2007/01)
東 浩紀北田 暁大

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都市のジャスコ化、動物化に関する対談である。

東氏は都市のジャスコ化は不可避であり、未来には個性のある街はなくなるだろうと考えているようだ。まぁその通りなんだろうなとは思うが、少々寂しい。
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東浩紀 笠井潔 動物化する世界の中で

動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 (集英社新書)動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評 (集英社新書)
(2003/04)
東 浩紀笠井 潔

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・笠井潔1980年代のポストモダニズムはイデオロギー装置だと認識している。
・東浩紀は60年代の「転向」や「闘争」一部の論壇、運動業界の内部そして、特定の世代のみが関わったものであり小さなエピソードに過ぎないと感じており、80年代の消費文化をイデオロギーとは関係ないところで経験した。
・東浩紀は

シニカルかつスノッブに現実と距離を取っているつもりでありながら、全体としてかなり画一的な行動に駆動されてしまう。イデオロギーを必要としないそのような欲望のコントロールがいかにして可能になるのか、僕の関心はそこにあります。

と述べた。
・ジジェクの理論では、イデオロギーは無意識のもの。

東浩紀 批評の精神分析 東浩紀コレクションD

批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)
(2007/12/04)
東 浩紀

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・文化に序列をつけてはいけない。
・動物がするポストモダンに対する反応として、動物化はいいことなのか悪いことなのかわからないという反応が多かった。
・東浩紀は作品そのものよりも、作品が生まれてくる背景に興味があるようだ。
・現代思想をやっていた時は書く動機がなく自分の頭の良さを証明するために書いていた。
・皆が馬鹿であることを考慮に入れて発言すべきである。知識人のリベラルな思想だけが、日本人の思想ではない。
・とにかく東浩紀は多様性を認める社会がよいと思っているようだ。
・斉藤環との対談で、音楽が画一化していっていることをあまりよいことではないと捉えているように感じられる発言があった。この対談は唯一、東浩紀のほうが保守的だと思える対談であった。

東浩紀 ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)
(2007/03/16)
東 浩紀

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大塚英志氏の説を引用しライトノベルについて説明しています。曰く純文学は自然主義小説であり、ライトノベルはキャラクター小説である。
純文学は人間を写生したものであり、ライトノベルはアニメや漫画のキャラクターを写生したものである。

私はこれを読んで腑に落ちた気がしたけれど、アニメや漫画のキャラクターが作られるときには人間は写生されていないのかという疑問も残った。

キャラクター小説は、身体性、記号性の両義性をもつ、だから「リアル」に感じられ(若者の共感を呼ぶ)、うそ臭い(ある種の人たちの抵抗を呼ぶ)

ふむふむ。わかりやすいです。ラノベ読んだことなくてもそんな感じかなっていう感じがわかるのは同時代性のおかげでしょうか。

キャラクター小説は「半透明」な言葉で作られる。 不透明なら現実として受け止められ、透明なら虚構として受け止められる。

これもわかりやすい。

この後にはここの作品論があげられています。

美少女ゲームとかライトのベルトかに対して正直抵抗があるが、読んでいて、説明を聞いているととても知的な読み物だと感じました。今度読んでみようという気にさせられました。

最後に東氏は舞城王太郎の九十九十九を題材に取り上げます。さして最初のほうで、美少女ゲームやラノベとの類似を指摘し、最後の最後で村上春樹の世界の終わりとハードボイルドワンダーランドとの類似を指摘します。

そういえば、村上春樹も現在まで文壇の方々から嫌われているにもかかわらず、世界的にも一般的にも高い評価を受けています。

サブカルチャーもそのように受容されることを東氏は願っているのだということが伝わってきました。

もうひとつ書き忘れたことがあるのですが、近年の文学はプレイヤーとして、読者が、作品世界に参加しているとうような分析もありました。

最後に私の意見を書かせてもらうと、キャラクターが重要だとか、ゲーム的リアリズムという構造についてはよくわかったのだが、自我とか実存の問題が旧来の文学では主要テーマだと私は思っているが、ラノベは選ばれたあなただけのための作品ですととれるような表現は使われているのだろうか、使われていないのだとしたら、旧来の文学感とはずいぶん違ったものになるだろうし、使われているのならばやっぱり文学なんだろうと思う。

私にとってはやはり表現の手段よりも中身が大事です。

東浩紀 大塚英志リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか

リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)
(2008/08/19)
東 浩紀大塚 英志

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日本のサブカルチャーは高度経済成長期にアメリカから入ってきたサブカルチャーが日本化してできたものである。

一方、岡田トシオは江戸文化の延長線にあるとみている。


赤木智弘の問題は経済より心の問題であるという自分の考えを、東氏も大塚氏も持っていて、私の考えていることもまんざらではないらしい。

大塚英志はサブカルチャーが実存の不安を埋めてくれると感じているようだ。サブカルチャーというのはもっと軽いもので、読んでフィールグッドに成れればいいものだと思っていたが、どうやら違うようである。

大塚氏は大きな責任を自分が負っていると感じており、それを世に還元していかなければいけないと考えているようだ。信用できそうな人である。

東浩紀 動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
(2001/11)
東 浩紀

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データベース型の作品が最近のおたく作品の特徴であると述べています。

データベース方というのはそれ自体で完結せず、グッズや2時創作などの周辺を含めた世界を商品として提供しているというモデルです(たぶん)

私はおたくじゃないけれど、その辺のところは納得言ってすらすら読めた。

一方近代型の作品はツリー型だといっていてよくわからなかった。

私は近代文学愛好家であり、ポストモダン文学愛好家ではないということがわかった。
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