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内田樹 私家版・ユダヤ文化論

私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)
(2006/07)
内田 樹

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ユダヤ団体の図書館に電話をかけた著者は、レヴィナスの翻訳を手がけたことを応対をしてくれた女性が知っていたことに驚いたといいます。これはユダヤ人について書かれた書物を逐一チェックしている機関があるというユダヤ人たちの特殊性を説明するための一例として挙げられております。

次にアメリカでは、中東諸国が不利にならないように、ユダヤ人の団体が働きかけることと、日露戦争に際し、同胞に対して悪いことをしたロシア懲らしめようと、日本に支援をしたユダヤ人実業家の例を挙げ。私たち日本人が持っている帰属意識と、あるユダヤ人がユダヤ人としてもっている帰属意識が違うということを著者は強調します。

以下の内容について書くのが面倒くさいので省略いたしますが、内田氏はユダヤを遅れてきた人たちと規定しており、ユダヤ人達の思考の方法自体を「知性的」と人類は呼ぶのではないかという仮説を立てております。200ページ以降の30ページはフロイトとか精神分析の話になるので読みづらいのですが、とても面白い本でした。
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小林秀雄 考えるヒント

考えるヒント (文春文庫)考えるヒント (文春文庫)
(2004/08)
小林 秀雄

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後半にドストエフスキーに対する考察があったので後で参照することとする。

何でもかんでも分析して、一言添えるという感じのエッセイなのだが、もう少し、沈黙していてもよいのではないかと思う。

後半のドストエフスキーの作品に関する考察は最近悪霊を呼んだこともあり少しだけ面白く読めた。多くの人が小林秀雄に対して、感じることがあるというのが少し不思議であった。

私との相性はあまりよくないようだ。

東浩紀 ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)
(2007/03/16)
東 浩紀

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大塚英志氏の説を引用しライトノベルについて説明しています。曰く純文学は自然主義小説であり、ライトノベルはキャラクター小説である。
純文学は人間を写生したものであり、ライトノベルはアニメや漫画のキャラクターを写生したものである。

私はこれを読んで腑に落ちた気がしたけれど、アニメや漫画のキャラクターが作られるときには人間は写生されていないのかという疑問も残った。

キャラクター小説は、身体性、記号性の両義性をもつ、だから「リアル」に感じられ(若者の共感を呼ぶ)、うそ臭い(ある種の人たちの抵抗を呼ぶ)

ふむふむ。わかりやすいです。ラノベ読んだことなくてもそんな感じかなっていう感じがわかるのは同時代性のおかげでしょうか。

キャラクター小説は「半透明」な言葉で作られる。 不透明なら現実として受け止められ、透明なら虚構として受け止められる。

これもわかりやすい。

この後にはここの作品論があげられています。

美少女ゲームとかライトのベルトかに対して正直抵抗があるが、読んでいて、説明を聞いているととても知的な読み物だと感じました。今度読んでみようという気にさせられました。

最後に東氏は舞城王太郎の九十九十九を題材に取り上げます。さして最初のほうで、美少女ゲームやラノベとの類似を指摘し、最後の最後で村上春樹の世界の終わりとハードボイルドワンダーランドとの類似を指摘します。

そういえば、村上春樹も現在まで文壇の方々から嫌われているにもかかわらず、世界的にも一般的にも高い評価を受けています。

サブカルチャーもそのように受容されることを東氏は願っているのだということが伝わってきました。

もうひとつ書き忘れたことがあるのですが、近年の文学はプレイヤーとして、読者が、作品世界に参加しているとうような分析もありました。

最後に私の意見を書かせてもらうと、キャラクターが重要だとか、ゲーム的リアリズムという構造についてはよくわかったのだが、自我とか実存の問題が旧来の文学では主要テーマだと私は思っているが、ラノベは選ばれたあなただけのための作品ですととれるような表現は使われているのだろうか、使われていないのだとしたら、旧来の文学感とはずいぶん違ったものになるだろうし、使われているのならばやっぱり文学なんだろうと思う。

私にとってはやはり表現の手段よりも中身が大事です。

東浩紀 大塚英志リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか

リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)
(2008/08/19)
東 浩紀大塚 英志

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日本のサブカルチャーは高度経済成長期にアメリカから入ってきたサブカルチャーが日本化してできたものである。

一方、岡田トシオは江戸文化の延長線にあるとみている。


赤木智弘の問題は経済より心の問題であるという自分の考えを、東氏も大塚氏も持っていて、私の考えていることもまんざらではないらしい。

大塚英志はサブカルチャーが実存の不安を埋めてくれると感じているようだ。サブカルチャーというのはもっと軽いもので、読んでフィールグッドに成れればいいものだと思っていたが、どうやら違うようである。

大塚氏は大きな責任を自分が負っていると感じており、それを世に還元していかなければいけないと考えているようだ。信用できそうな人である。

内田樹 態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い

態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い (角川oneテーマ21)態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い (角川oneテーマ21)
(2006/04)
内田 樹

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ずるい。はっきりいってねこうもりだよこうもり、強いものにつくというか、いじめられないようにするというか、非常にずるいところからものをいってるよこの人。

村上龍みたいな読者をむかつかせる感がある。

タカハシさんとちがって読者に甘くない。

くしくも、福田恒存が訳したアウトサイダーという評論が、読書道への原点みたいです。

福田恒存 人間・この劇的なるもの

人間・この劇的なるもの 改版 (新潮文庫 ふ 37-2)人間・この劇的なるもの 改版 (新潮文庫 ふ 37-2)
(2008/01)
福田 恆存

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小説家のように生きるのはよくないよ。抗わずに偶然に任せなさいと、いっているような気がする。

悪霊についても書いてあって、キリーロフはよくなくてスタブローギンはいいといっている。

東浩紀 動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
(2001/11)
東 浩紀

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データベース型の作品が最近のおたく作品の特徴であると述べています。

データベース方というのはそれ自体で完結せず、グッズや2時創作などの周辺を含めた世界を商品として提供しているというモデルです(たぶん)

私はおたくじゃないけれど、その辺のところは納得言ってすらすら読めた。

一方近代型の作品はツリー型だといっていてよくわからなかった。

私は近代文学愛好家であり、ポストモダン文学愛好家ではないということがわかった。

ドストエフスキー 悪霊

悪霊 (上巻) (新潮文庫)悪霊 (上巻) (新潮文庫)
(1971/11)
ドストエフスキー江川 卓

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悪霊 (下巻) (新潮文庫)悪霊 (下巻) (新潮文庫)
(1971/12)
ドストエフスキー江川 卓

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一ヶ月かけて読んだけれど読めませんでした。

橋本治に言わせれば、これは前近代のお話だなと感じた。

橋本治 いま私たちが考えるべきこと

いま私たちが考えるべきこと (新潮文庫 は 15-5)いま私たちが考えるべきこと (新潮文庫 は 15-5)
(2007/03)
橋本 治

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自分のことを考えろといわれたら自分のことも、他人のことも考えられるようになれという内容です。

結局混乱させられただけじゃないかと思ったのだけれど、最後に、「あなたの考える事」は私の管轄ではないという一文で閉められていて、作者の意図にまんまとはめられたと無理やり納得させられてしまう、わけのわからない本です。

私は近代人ではなく全近代人であると思いました。
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